よき便り 2016年12月

11月 25th, 2016   •   no comments   

  カトリック藤が丘教会へようこそ

Welcome to Fujigaoka Catholic Church!       

                                                                                                    2016年12月カトリック藤が丘教会

よき便り

聖歌から学ぶクリスマス(ご降誕)の意義

2年前の当教会における待降節黙想会の講話で講師をされたある神父様が「日本のクリスマスは好きでない。なぜなら、それは、となかいの引くそりであり、サンタクロースであり、プレゼントであり、どこにもイエス様が出てこないからです。」ということを話されました。このお話のように日本の(おそらく欧米の他の国々でも)クリスマスは、明るく楽しいお祭りの様相を呈していて、極めて世俗的、商業的になってしまったと感じられる方々は多いことと思います。このお祭りの中心にあるべきイエス様の姿が見えないのは、残念なことです。そこで、今回の「よき便り」では、クリスマス(ご降誕)の意義について考えてみたいと思います。

12月25日は、クリスマス(ご降誕)の祝日です。キリスト教会においては 宗派を問わずこの日救い主、イエス・キリストの誕生をお祝いします。(注:ロシア正教会、エチオピアのコプト教会など一部の教会では、降誕祭は1月7日となっているところもあります。)新たないのちの「誕生」は、どこの国においても、またどの家庭においてもめでたいことですので、この日は、先ずは、お祝いの日です。私たちキリスト信者においては、この日に誕生されたのが救い主であるので特に意義深く、重要なのです。

クリスマスの意義は、多くのクリスマス聖歌(讃美歌)から汲み取ることが出来ます。そこには、福音書に記述されたイエスの誕生の情景 - 降誕の夜の静けさ、星の輝き、天使のお告げ、羊飼いたちの喜び、 まぶねに眠る幼子イエスを見守るマリアの暖かい眼差し - が美しく描かれています。 このように数あるクリスマス聖歌の中でも、フランスのクリスマス聖歌、Cantique de Noel 「ミヌイ・クレテイエン」の歌詞は、他の歌詞と違って、救い主の誕生の意義、人々の喜びと感謝が明白かつ端的に記されていて、この歌詞の言わんとするところを理解することにより、ご降誕の意義が力強く、感動と臨場感を以て迫ってきます。

この聖歌は、日本では「さやかに星はきらめき」という題でプロテスタントの讃美歌集に加えられていますが、一般的には英語の自由訳「オー・ホーリーナイト」のほうが良く知られ、親しまれている感じです。英語の歌詞でも朗々と歌われるとき、それなりに感動が湧きますが、どうしても原語にはかないません。そのフランス語の歌詞を以下に訳してみます。日本語版や英語版には出てこない表現がいくつかあります。

1.
クリスチャンたちよ、
聖なる夜中、それは神の子が
原罪を拭い去り、神の怒りを鎮めるために来られる
厳かな時である。
世界は、救い主が来られるこの夜
希望に震えている。
(繰り返し)
人々よ、ひざまずけ、救いの時を待て
降誕の夜!降誕の夜!ここに救い主来られたり。

2.
救い主はすべての足かせを打ち砕かれた。
地には自由がもたらされ、天は開かれた。
救い主は、今まで奴隷に過ぎなかった者を
兄弟として接して下さる!
愛は、鉄の鎖で繋がれていた者を結ぶ。
救い主に誰が私たちの感謝を伝えるのか
救い主は、私たち全てのために生まれ、苦しみ、死なれた。
(繰り返し)
人々よ、立て!あなたたちの救いを賛美して歌え
降誕の夜!降誕の夜!救い主を称えて歌おう。

1番では、罪の許しをもたらす救い主が来られるのを待ちわびる人々の 期待と希望が歌われます。出だしの「クリスチャンたちよ、聖なる真夜中」に相当する原詩がミヌイ・クレテインMinuit, Chretiensですので、これが歌の題名のようになって親しまれています。

2番では、ついに来られた救い主が、人類に罪からの解放と自由をもたらされたことに対する、人びとの堰を切ったような、感謝と賛美の声を挙げる様が高らかに歌われます。「人々よ立て」のところには、聴きながら思わず姿勢を正さなければならないような荘重さが満ちています。

歌の出だしが「クリスチャンたちよ」となっているので、呼びかけられる先が 限定されているようにも受け止められますが、続く歌詞の中に「私たち」「あなた方」「人々よ」などの呼びかけがあり、また2番には、「私たち全てのために生まれ…….」などとなっているので、この聖歌は、全人類に宛てたものと解釈出来るでしょう。

英訳のOh Holy Nightには、“stars are brightly shining”(星は、明るく輝き)、 また日本語は「さやかに星はきらめき」で、いずれも星の輝きが歌われますが、 原語にはそのような描写はありません。それでも原詩には、罪から解放して下さる救い主の到来に対する人々の期待と喜び、神への感謝と賛美が力強く歌われていて、作曲以来170年近く経った今でも、ご降誕に思いをはせるには、ふさわしい聖歌としてカトリック教会のみならず、世界各国のキリスト教他宗派の教会でも降誕祭に合わせて広く歌われています。

この聖歌は歌唱の技巧が必要とされるため、なかなか皆でそろって歌うことは難しいようです。しかし日本でも欧米でも、多くの教会で、降誕祭のごミサの冒頭やご聖体拝領時にソロで歌われます。日本のカトリック教会では1954年12月24日、 横浜山手の聖堂における深夜ミサ(当時深夜ミサは、文字通り真夜中に始まりました)においてテノールのソロで英語で歌われたのが、戦後では初めて だった、と言われております。

この聖歌は、フランスで1847年に作曲されました。作曲家は、バレエ音楽 「ジゼル」などで知られるアダン(1803 – 1856)という人です。作詞は、 南フランスのワイン商人だったプラシド・カポー(1808 – 1877) のものです。 作曲者アダンの妻の友人だった歌手エミリー・ロウリーが村の教会で夜中の ミサで初めて歌いました。(1847年12月24日)以来この歌はフランスでは、ご降誕と同義語となるくらい親しまれ、のちに世界各地へと広まって行き ました。

この聖歌の歌詞を読み返し、その意味を理解することによって、サンタや となかいの風物詩だけではなく、クリスマスの中心にあられるのがイエスであるという、ご降誕の意義が感動とともに厳粛に迫ってくるのではないでしょうか。

関連事項:
日本語版の「さやかに星はきらめき」の訳詞は、由木康によるもので、彼は 非常に有名なクリスマス讃美歌「きよしこの夜」の訳詞や、パスカルの「パンセ」の日本語訳者として知られています。なお「きよしこの夜」の原詩はドイツ語の”Stille Nacht, Heilinge Nacht”,日本でも良く知られている英訳は”Silent Night, Holly Night”ですが、日本のカトリック教会では、この讃美歌は別訳の カトリック聖歌111番、「静けき真夜中」の歌詞で歌わています。

キリストの教会は社会に開かれた共同体です。より多くの人々が、わたしたちのカトリック藤が丘教会の扉を叩かれることをお待ちしております。
興味をお持ちの方は、ぜひ日曜日のミサを覗きにいらして下さい。

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10月 27th, 2016   •   no comments   

 

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Welcome to Fujigaoka Catholic Church!       

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よき便り

コルカタの聖テレサ

 

先月号でお伝えしたように、「苦しんでいるあらゆる人たちの希望の光」 と世界中で慕われていた「カルカッタ〈現コルカタ〉のマザーテレサ」は 9月4日教皇フランシスコにより列聖されました。

  世界中から10万人にも及ぶ信徒が参列した聖ペトロ大聖堂での列聖の式典において、教皇フランシスコはマザーのことを「自らの苦しみと貧困のために、もはや流す涙もなくして、闇の中に沈んでしまった多くの人たちに、希望の光をもたらした人」と称えられました。 

  マザーは、どうしてそのように絶望にあえぐひとたちに希望を与えることが出来たのでしょうか。それは、マザーは、主イエスご自身が受難の時に味わった苦しみと絶望を我がことのように感じ、それを主と分かち合うことが出来たからでしょう。十字架にかけられる、という過酷にして屈辱的な刑を受けたイエス、その苦しみにあって愛する弟子たちに見捨てられたイエス、最も信頼したはずのペトロにさえ「そんな人は知りません」と三度までも裏切られたイエスー その心のうちを理解出来たからこそ、マザーは、この世で苦しみ、人から見捨てられ、社会から必要ない人間とみなされている人たちに、光と希望を与えることが出来たのでした。

  今は、正式には「コルカタの聖テレサ」となられたマザーの生涯を駆け足で振り返ってみましょう。(以下聖テレサのことは「マザー」または「テレサ」という呼称に致します)  

  マザー・テレサは、1910826日に、現在は、マケドニア共和国の首都になっているスコピエにアルバニア系の両親の三番目の子供として生まれました。  

  1928年、18歳の時に、アイルランドのロレト修道女会に入会、ここで教師となる養成を終え、インドへ赴任したのが、1931年、21歳の時でした。以来、テレサは一生インドとのか関わり合いを持ち続けることとなります。後には、インドの国籍を取得します。

  終生誓願を果たしたのは、193727歳の時で、このときに「テレサ」の名前を選びました。1939年から1947年まで、カルカッタの女学校、聖マリア学院で地理などを教えました。

  1946年、列車の旅の中でテレサは、直接イエスからの呼びかけを受けました。その呼びかけでイエスは、テレサに「貧しき中の貧しい者たちのために生涯を捧げなさい」と仰せられたそうです。

  この啓示を受けてから、テレサの生活は変わります。

  まず、1948年、特別の許可を得て修道院を離れ、一人でカルカッタ市内のスラム地区に住みます。伝統的な修道女の「制服」を捨て、テレサはインド女性が着る質素なサリーを身にまとい、貧しい人たちのための奉仕活動を始めました。その頃のテレサは収入もなく、自身貧苦に苛まれていました。 食べ物や必要な、物資は、恵んでもらう以外入手出来なかったのです。その頃のテレサの 日記には、自身の決断への後悔、孤独、修道院へ戻ろうかという躊躇の中で暮らしぶりが記されています。しかし、やがて、かつての教え子たちがボランテアとして手伝いに来てくれるようになり、彼女たちの献身的な活動に共鳴した教会関係者や地元の名士たちが寄附を寄せるようになりました。

  こうして、1950年新しい修道会の創立が許可され、ここに「神の愛の宣教者会」が誕生の声を上げたのでした。テレサは、修道院長として、「マザー」と呼ばれるようになりました。マザー自身がこの修道会の目的を「飢えた人、衣服のない人、体の不自由な人、病気の人、誰からも必要とされない全ての人、愛されない人、誰からも世話を受けられない人のために働くことにある」と述べておられます。まさに、イエスの教えの実践です。

  マザーは、インド政府から譲り受けたヒンズー教寺院の廃寺を「死を待つ人々の家」というホスピスにしました。その他にもホスピスや児童のための養護施設を次々と開設しました。このような活動の初期のころ、地元の人たちは、 マザーがこれらの施設をキリスト教の布教の拠点にするのではないかと、不信の目を向け、冷たく見ておりました。しかし、シスターたちの、介護する相手の宗教を尊重する徹底した態度は、世間に関心を持たれ、敬意の的となりました。そして次々と寄付が寄せられるようになりました。「神の愛の宣教者会」の活動は10年後には全インドに広まりました。そして、やがては、世界的規模で、貧しい人たちのための活動へと発展して行ったのです。  

  マザーや「神の愛の宣教者会」のシスター方の愛と献身の活動は、カトリック教会内ばかりでなく、国境を超え、宗派を超えて全世界の称賛と尊敬を集めました。それは、マザーが受けた数々の賞や勲章の数などによっても証明されています。1962年から1997年に亡くなるまで、主な勲章、表彰だけでも12件はあります。もちろん、1979年のノーベル平和賞が最も有名ですが、1996年の「アメリカ名誉市民権授与は、当時では2人目で、その後の授与も含めて2014年現在、この栄誉を受けたのは、7人しか居ません。

  ノーベル平和賞の授賞式には、いつものサリー姿にサンダル、といういでたちで勲章を受けました。賞金は全てカルカッタの貧しい人たちのために使われたのです。

  多くの人たちとの交流の中で、マザーとダイアナ妃との交流は良く知られています。ダイアナ妃が不慮の事故で亡くなったのは、1997831日でした。マザーもその頃、転倒し首の骨にひびが入ったり健康状態は、非常に悪化していました。それでも、マザーは、修道会を通じて、短いけれど、心に沁みる弔意のメッセージを残されました。「マザーは、悲しんでいます、マザーは、ダイアナさんが好きでした。」そして、5日後の95日、後を追うようにマザーも天に召されました。87歳でした。

  マザーの死に世界は、悲しみにおおわれました。マザーのために、インド政府は国葬を挙式しました。それは、宗派を超えた、威厳の中にもシンプルなお別れの儀式でした。マザーの小さなご遺体の入った棺はインド軍の砲車に乗せられて、埋葬される「神の愛の宣教者会」の本部まで、運ばれました。軍隊の砲車に乗せられてマザーは、苦笑されていたかもしれません。しかしインド政府としては、国家最高の栄誉を以てマザーをお送りしたのでした。

  マザーのご遺体は、40年にわたってマザーの活動の本拠であった、コルカタ市内の、ご自身が創立した修道会本部に安置されて、多くの巡礼者が訪れています。  

  マザー・テレサは、20031019日、教皇ヨハネパウロ二世によって列福され、その後上述の通り、2016年9月4日教皇フランシスコにより列聖されました。  

  「コルカタの聖テレサ」の祝日は、9月5日です。

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9月 17th, 2016   •   no comments   

 

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よき便り

カトリック教会の聖人たち

 

 9月4日、バチカンにおいて教皇フランシスコは、「世界の飢えた人、衣服のない人、体の不自由な人、病気の人、誰からも必要とされない人」すなわち、全ての苦しむ人たちの希望の光、と慕われていたマザー・テレサを列聖されました。
 マザー・テレサは、この日をもって「コルカタの聖テレサ」としてカトリック教会の聖人となられました。バチカンのサンピエトロ広場を埋め尽くした約10万人の信徒たちからは喜びと讃美の声がわき上がりました。聖テレサが、修道女となられてから生涯の奉仕の拠点とされたインドのコルカタ(旧名カルカッタ)も歓喜の声に満たされました。「コルカタの聖テレサ」については、この欄でも今後、詳しく取り上げたいと考えております。
この機に今回は、カトリック教会における聖人の大切さについて考えたいと思います。

 私たちは、使徒信条の中で「……….聖徒の交わり……を信じます」と唱えます「聖徒の交わり」とは「聖人との絆」の意味です。

「聖人」とはカトリック教会が「天国に居られること」を公に認めた方々です。
聖人がたは、その生涯においてイエスの教えに忠実に従い、神への愛と献身に生きた方々でした。聖人がたは、そのような生涯を通して、何らかの徳を残し、私たちの信仰生活における模範を示されました。

聖人に対する信心というのは、カトリック教会の歴史においては、2世紀頃から始まったとされ、古い伝統です。聖人についての研究は、東方教会も含め5世紀頃から既に始まっています。しかし、日本での聖人についての関心は、欧米のようには強くないと感じられます。ある聖人の日を特別にお祝いする、といった風習も日本では、ほとんど見受けられません。日本の教会の歴史自体が欧米と比べると新しいので、それも理解出来ることです。
 しかし欧州などキリスト教文化圏では、「どの日がどの聖人の祝日」という意識は強く、聖人への敬愛は日常生活にも及んでいます。欧州の例をひとつ挙げると、12月6日は、サンタクロースの原形と言われる聖ニコラスの祝日です。この日は特にオランダで盛大に祝われます。子供達にとってこの日はプレゼントをもらう嬉しい日のです。そのため、何日も前から、親たちはプレゼント選びに大わらわです。この日、職場でも学校で顔を合わせると、人々は「メリークリスマス」というように、「セント・ニコラスの日おめでとう」とあいさつを交わします。夜は、家族や親族がそろって楽しく、暖かい雰囲気の中でお祝いのパーテイーが開かれます。アジアでもミャンマーのヤンゴンでは、10月28日大聖堂の守護聖人使徒聖タデオの祝日が盛大に祝われます。この祝日の9日前から「ノヴイーナ(novena)」と呼ばれる準備期間があり、この9日間、熱心なミヤンマーの信徒たちの多くは、毎夕捧げられる特別のお祈りの集会に参加します。
 このように世界各地でカトリック信者たちは、「聖徒の交わり」を実感しています。
カトリックの洗礼を受ける時、私たちは、「洗礼名」として聖人の名を頂きます。「洗礼名」は、生まれた時に親が付けてくれた名前とは違って、自分で選べるものです。どのような聖人を人生の模範としたいか、聖人伝や「カトリック大事典」などで、あるいは主任司祭や先輩がたから聖人についての知識、情報を得て、「洗礼名」を決めることが出来ることは、大きな喜びでしょう。
 カトリック教会には、数え切れないほどの聖人がおられます。よく冗談で「教皇様ですらご存じないのは、教会に何人聖人がおられるかということだ」と言われるくらいです。洗礼名の聖人が「守護聖人」となります。多くの聖人方の中から自分が決めた守護聖人についての知識を深め、そのお祝い日を忘れないようにしましょう。また、守護聖人のお取次ぎをいつもお願いしましょう。
聖人へのお祈りは、簡単です。
「聖 xxx 私たちのためにお祈り下さい」ー10秒もかかりません。

聖人へ祈る、ということは、そのお取次ぎをお願いする、敬愛の念を表す、ということで聖人を礼拝する、ということではないのでこの点、誤解のないようにしましょう。

 カトリック教会では、今日もどなたか聖人のお祝い日となっています。
その方は、どのような生涯を送られ、神への愛と献身をどのように示されたのでしょうか。思いを馳せたいものです。

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