教会ブログ開設!

11月 26th, 2011   •   コメントは受け付けていません。   

教会ブログを開設しました!!

地域のみなさまに開かれた教会をめざし、教会行事のレポートやコラムなど、さまざまなコンテンツをアップしていく予定です。





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巻頭言2014年7月

10月 26th, 2011   •   コメントは受け付けていません。   
2014年7月 カトリック藤が丘教会

 

 「神の支配の到来」を福音(良き報せ)として告げたイエスは、それを説きながら、独自の行動をもってパレスチナ各地を弟子たちと共に旅しました。今月は、イエスの行動の特徴の一つである「病気の治癒」について見てみましょう。

 イエスの時代、イスラエルの社会では、人が災害に遭ったり病気に罹ったりすると、その不幸はその人が犯した罪に対して下された神の罰だと考えられていました。そのため、そのような不幸に見舞われた人々は、生きる希望も見いだせない悲惨な状況に追いやられていました。イエスは、そうした人々を励まして、神の慈しみに信頼して生きるよう導いたのです。

 たとえば「マルコ福音書」2章1~12節には、イエスが入っていった家の天井から、中風に苦しんで寝込んでいる男を仲間たちが床のまま吊り下ろした、という出来事が記されています。イエスはその人たちの信仰を見て、中風の人に「子よ、あなたの罪は許される」と言われました。男は急に元気になって立ち上がり、イエスに命令されたとおり、床を担いで出ていきました。また、「マルコ福音書」5章25~34節には、長年重い病に苦しんできた女が、群衆にもまれながら必死になってイエスの衣服に触れて、ついに治ったと感じた話が語られています。イエスは自分に触れた女を見つけて、「娘よ、あなたの信仰があなたを救った。安心していきなさい。もうその病気にかからず、元気に暮らしなさい」と優しく言葉をかけます。

 苦しむ人々の病を治してあげることは、神の力を示すすばらしい手段であったにちがいありません。しかし、イエスにとっては、このような奇跡的な治癒はもっと大きな意味を持っていました。罪びとの烙印を押された人々が、神の慈しみを体験し、神を信頼して感謝のうちに自信をもってしっかりと生きていくこと、これこそがイエス・キリストの願いだったのです。この続きは次回に回します。

 キリストの教会は、社会に対して開かれた共同体です。より多くの方々が、私たちのカトリック藤が丘教会の門を叩かれることを、期待しております。興味を持たれた方は、ぜひ日曜日のミサを覗きにいらして下さい。お待ちしています。

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