巻頭言 2020年2月

2月 10th, 2020   •   no comments   

 

 

カトリック藤が丘教会へようこそ

Welcome to Fujigaoka Catholic Church!

                                                 

            2020年2月      

よき便り    

神さまの恵みに感謝して生きる

 

2月の福音書朗読は、マタイによる福音書からイエスが弟子たちに教えられたことについて書かれた個所が読まれています。

 

イエスは弟子たちに「あなたがたは世の光である」(マタイによる福音書5・14)と話しました。「世の光」とは何を意味するのでしょうか? 光は周囲を明るく照らします。同じようにイエスは弟子たちを、神さまからの恵みを世に表す光として捉えたのでした。だからこそ、弟子たちに「あなたがたの光を人々の前に輝かしなさい」と勧めたのでした。

 

こう弟子たちに伝えたイエスでしたが、「あなたがたは光を輝かせなさい」とは言いませんでした。「あなたがたの光を輝かしなさい」と言われたのです。これは「あなたがたは、あなたがたが受けた神さまからの恵みを話して伝えなさい」ということでした。弟子たちは、世を照らす光として、自ら光り輝くのではありません。その光は、神さまからいただいたものです。神さまからの恵みは人それぞれに異なっており、けっして1つだけの形ではありません。だからこそイエスは、「あなたがたの光を」それぞれの方法で、それぞれの言葉で表しなさいと言われたのです。

 

「ともし火をともして升の下に置く者はいない。燭台の上に置く。そうすれば、家の中のものすべてを照らすのである。」(マタイによる福音書6・15)

 

小さなともし火であっても、いくつものともし火が焚かれることで全体が明るくなっていきます。一人ひとりにともし火として与えられた恵みは小さなことかもしれませんが、それらが集まることで、神さまが皆に与えてくださった恵みを実感できるのです。

 

もう1つたいせつなことがあります。ご降誕で人々の中に1つの光としてお生まれになったイエスは、神さまからの恵みを伝えていくことは弟子たちに託しました。弟子たち一人ひとりが、それぞれの恵みを明かしするともし火になることを求めたのです。恵みを受けた弟子たちが伝えるからこそ、神さまの恵みが多くの人を照らすのです。

 

マタイによる福音書の最後の章では、復活したイエスが弟子たちに「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」と伝えています。ともにいてくださるからこそ、その直前に書かれた「あなたがたは行って」という部分が意味を持つのだと思います。「あなたがたの光を人々の前に輝かしなさい」と。

 

イエスが、弟子たちの召し出しから一貫して伝えたかったことは、誰もが神さまからの恵みを受け取っているということと、それぞれの恵みはともし火となり、神さまの恵みを実感させるもとなるということでした。わたしたちもまた、神さまからいただいた恵みを実感しながら、それを伝えていければと思います。

 

キリストの教会は社会に開かれた共同体です。より多くの人々がわたしたちのカトリック藤が丘教会の扉をたたかれることをお待ちしております。興味を持たれた方は是非日曜日のミサにいらして下さい。

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主日のミサ 土曜日 Sat   17:00
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<アクセス> 横浜市青葉区柿の木台1-2(東急田園都市線「藤が丘」駅下車、徒歩約7分)

<お問合せ> 教会事務所 (045)973-4100 FAX(045)979-0506

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2020年1月巻頭言

1月 6th, 2020   •   no comments   

 

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            2020年1月      

よき便り    

一人ひとり呼ばれています、いつも

 

主のご降誕と新年をお慶びいたします。

日本ではクリスマスが終わると、すぐに門松を立てて新年の準備になってしまいますが、キリスト教の国々では、主のご降誕を迎えたクリスマスの後、しばらくの間は「降誕節」として、この世に神さまがイエスとしてお生まれになったことを喜び祝います。新年を迎えて最初の日曜日に、イエスの誕生が公に知られたことを祝う「主の公現」があり、その週で降誕節を終えます。新年を迎えてもクリスマスツリーやクリスマスリースを飾り続けているのには、そんな理由があります。

 

降誕節を終えると、カトリックの典礼暦は「年間」という期間に入ります。年間の最初に「主の洗礼」としてイエスが洗礼者ヨハネから洗礼を受けたことを記念します。その後は特別なミサが行われることはなく、通常のミサとなります。1月後半の福音書朗読では、イエスがヨハネから洗礼を受けられた時の出来事と、イエスが最初に弟子を任命した時の事が描かれます。今回は、弟子を任命した時の事についてお話ししましょう。

 

イエスが神さまについて、そして天の国について教え始められた時、その教えが人びとに受け容れられて弟子になる人が現れるまで待つようなことはしませんでした。ガリラヤ湖のほとりを歩いていた時に出会った4人に、「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」(マタイによる福音書 4・19)と声をかけられたのでした。その4人とは、ペトロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレ、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネでした。彼ら4人は漁師として生きてきましたが、イエスに声をかけられたことで網を捨てて従っていきます。これがイエスが弟子を召し出した最初の出来事でした。

 

神さまが、わたしたち一人ひとりを見つけ出し、それぞれに見合った生き方に導いてくださることを「召命」「召し出し」と呼んでいます。イエスの最初の召し出しの出来事の印象が強くて、カトリック信徒が司祭職に招かれることを「召命」と捉える人が多いのですが、それだけを意味するものではなく、神さまが導いてくれることそのこと自体が召し出しなのです。

 

イエスは、神さまにとって良いこととされていたユダヤの律法や慣習に従った生き方をしていた人ではなく、むしろ律法や慣習にも従う事ができない生活をしていた人たちのなかから弟子を召し出しました。これは、律法や慣習に従っているからこそ神さまが手を差し伸べるられるのだという当時の考え方を否定し、神さまはどんな人にも必要な時には呼びかけてくださるのだというメッセージでもありました。

 

どんな形であれ、神さまの「共に歩もう」という呼びかけに気づいて応えていくこと自体が、それぞれの召し出しなのです。わたしたちも、一人ひとり呼ばれています、いつも──。

 

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2019年12月巻頭言

12月 2nd, 2019   •   no comments   

 

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            2019年12月      

よき便り    

神さまに裁かれないように歩み始めるとき

 

毎年11月末ごろからカトリックの典礼暦は新たな年を迎えると同時に、クリスマスとして『主のご降誕』を待ち望む「待降節」と呼ばれる期間に入ります。

 

いつかわたしたちが救われる時が来て欲しい。そんな思いを抱きながら日々の生活に追われているのは、ユダヤ時代の人たちも、せわしなく生きる現代のわたしたちも、同じなのかもしれません。救われる時が来て欲しいと願いながらも、「はたしてそんな時は訪れるのだろうか」「そんな時はいつ来るかも分からないし、いつ救われるかなんて考えていたって無駄なことだろう」と考えてしまう。そんなわたしたちにイエスが「目を覚ましていなさい」「用意していなさい」と弟子たちに語りかけているのは、待降節第1主日の福音書朗読です。

 

「畑に二人の男がいれば、一人は連れて行かれ、もう一人は残される。二人の女が臼をひいていれば、一人は連れて行かれ、もう一人は残される。だから、目を覚ましていなさい。いつの日、自分の主が帰って来られるのか、あなたがたには分からないからである。このことをわきまえていなさい。」(マタイによる福音書24・40〜43)

 

この部分は、天の国に入ろうとする時の神さまによる裁きを暗示しています。その時に、神さまは天の国にふさわしい人を分けられるとされていますが、この個所だけを取り出して読んでしまうと、半数の人しか救われないのかと思ってしまいます。しかし、そうではありません。

 

イエスは「家の主人は、泥棒が夜のいつごろにやって来るかを知っていたら、目を覚ましていて、みすみす自分の家に押し入らせはしないだろう。」と続けます。前もって救われる時期が分かっていたら、本来は天の国に迎え入れられない人も準備していて、救われてしまうことになります。だから、準備をしていないうちに、その時は突然やって来るのだと言うのです。だからこそ、思いがけず訪れるその時に備えて、「あなたがたも用意していなさい」とイエスは話します。では、残されるはずだった人が、その時のために準備を始めたらどうなるのでしょうか。

 

準備を始めるということは、神さまの存在を意識し、天の国に迎え入れられるように努めていくということです。それも、いつその時が訪れるか分からない、その時に向かって準備し続けていくということでもあります。

 

自分がこのままでは救われないということをわきまえて、意識して準備し続けようとする時、実はその人はもう神さまとともに歩もうとしているのではないでしょうか。神さまへと立ち返ることを回心と言いますが、まさにその時を迎えているのではないでしょうか。その時に向かって用意し続けていくことが、その人にとって救いの時になっているのではありませんか?

わたしたち一人ひとりのために、そしてすべての人の救いとなるために、イエスはもっとも小さなものとして生まれてきます。その小さな光が、わたしたちそれぞれの内に留まり、しっかりと光り続けることができますよう、祈り続けていきたいと思います。

 

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