よき便り 2015年9月 

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Welcome to Fujigaoka Catholic Church!

 

2015年9月 カトリック藤が丘教会

よき便り(2015年9月)

 『日本経済新聞』8月4日の「私の履歴書」の中で脚本家の倉本聡は自分の父が戦時中に特高に連行された話を書いています。彼の父はキリスト信者であり、教会の週報に「戦争は罪悪だ」と書いたために逮捕されたのです。戦争は国家レベルでの暴力の行使であり、いろいろな国の国民が兵士としてお互いに殺しあうことを意味します。それだけではありません。戦争は数多くの非戦闘員を巻き込み、彼らを飢餓と病気と絶望に陥れ、命を奪います。キリスト信者ならずとも、だれが考えても「戦争は罪悪」なのです。

 

 しかし1930年代はじめから日本では「聖戦」という言葉が広く使われるようになります。日中戦争が泥沼化してきた1940年3月には100名以上の衆議院議員によって「聖戦貫徹議員連盟」が結成されました。その「聖戦」とは一体何だったのでしょうか。それは結果的に日本と近隣のアジアの人びとにどれほど多くの苦しみ与えたことでしょうか。

 

 辞書を引いてみれば解ることですが、英語にはholy warという言葉はありません。戦争は「聖なるもの」ではないので、それは表現矛盾なのです。「聖戦」とはこの時期の「国家神道」を背景として創られた造語です。当時、天皇は「国民の神」だとされていました。神が行う戦争だから「聖戦」だというわけです。しかし戦後、天皇の戦争責任が問われることはありませんでした。また戦後の政治家たちも、この倒錯した「聖戦」論の根源を徹底的に追究しませんでした。先の戦争に対する反省のこの中途半端さの悪影響は、現在にまで及んでいます。

 

 現在、「戦争の放棄」をうたった憲法9条を骨抜きにするための「安保関連法案」が国会で審議されています。これに反対する国民の世論が湧き上がり、内閣支持率は下落しました。しかし、ある小説家はマスコミの反対報道を抑圧するべきだと発言し、ある国会議員は「安保関連法案に反対するのは『戦争に行きたくない』という自己中心的で利己的な姿勢だ」として反対派を批判しました。しかし、これらの人びとは「戦争は罪悪だ」というごく当たり前のことを忘れているようです。また、一部の政治家は、国際紛争を話し合いによって解決するという、自分たちの基本的な任務を忘れているようです。

 

 キリスト信者はイエス・キリストの教えに導かれて、戦争そのものを認めず、戦争に導く法案に反対します。神を愛し、自分を大事にするように隣人を愛し慈しみ、敵となる人にも人間として関わるよう努力します。自分の罪を反省し、他人の罪を赦そうとするからです。しかし、これらは言うに易く、行うに難いことです。神の前での自分のあり方と隣人愛のあり方が問われる重い課題であるため、神様の力強い支えがなければできないことなのです。

 

 キリストの教会は、社会に対して開かれた共同体です。より多くの方々が、私たちのカトリック藤が丘教会の門を叩かれることを、お待ちしています。興味を持たれた方は、ぜひ日曜日のミサを覗きにいらして下さい。

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所在地 Address 東急田園都市線「藤が丘」駅下車、徒歩約7分 横浜市青葉区柿の木台1-2

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よき便り 2015年8月

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2015年8月 カトリック藤が丘教会

よき便り(2015年8月)

<span style=”font-size:medium”>時々「敬虔なキリスト信者」という言葉を耳にします。「敬虔な仏教徒」という言葉は普通使われないのに、キリスト信者だけが「敬虔な」と形容されるのは不思議なことです。「あの人は敬虔なキリスト信者だから酒は飲まない」とか「怪しげな歓楽街には近づかない」という風に言われるわけです。「敬虔な」という形容には、敬意だけではなく、偽善者的という軽蔑の意味が含まれている場合もあります。しかし、キリスト信者は自分たちを立派な人たちと自覚しているわけではありません。むしろ、自分たちが罪びとであることを自覚しています。これに関して思い出されるのは、「マルコによる福音書」10章17~22節などで語られた「金持ちの男」の話です。

この男はイエスに駆け寄って膝まづき、「永遠の生命を受け継ぐために、私は何をすればよいでしょうか」と問いかけます。イエスは彼に問いただします。「『殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証するな、奪い取るな、父母を敬え』という掟をあなたは知っているはずだ」。すると彼は答えます。「先生、そういうことはみな、子供の時から守ってきました」。彼は、旧約聖書の「十戒」を真面目に守ってきた、ということを主張しているわけです。イエスは彼を見つめ、慈しんで言われました。「あなたに欠けているものが一つある。行って持っているものを売り払い、貧しい人々に施しなさい。・・・それから私に従いなさい」と。彼は律法を守るという点では欠点のない人でした。彼に欠けていたのは、彼の貧しい隣人たちに対する思いやり・愛なのでした。イエスが指摘したのは、隣人愛のない律法主義が偽善と独善に堕すということです。

しかし、「隣人を愛する」というのは、実際には大変難しいことです。私たちは、自分が安楽に生存していくために、意識的・無意識的に隣人愛に反することをどれほど多くしていることでしょうか。キリスト信者は自分が罪びとであることを自覚し、また、そういった弱さを克服して、イエスが説く愛と赦しを実践しようとします。しかし、それは神の助けがなければ、とうてい不可能なことです。だからキリスト信者は、神が私たちを憐れみ、共に歩んで支えて下さることを、いつも祈るのです。

キリストの教会は社会に対して開かれた共同体です。より多くの方々が、わたしたちのカトリック藤が丘教会の門を叩かれることを期待しております。興味を持たれた方は、ぜひ日曜日のミサを覗きにいらして下さい。お待ちしています。</span>

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よき便り 2015年7月

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2015年7月 カトリック藤が丘教会

よき便り 7月号

「我思う、ゆえに我在り」。近代哲学の始まりを画すデカルトの言葉だと言われています。認識が自分の存在の根拠だというわけです。しかし彼は「私は誰なのか」とは問いませんでした。

アメリカのビル・クリントンが来日した時、当時の日本の首相がHow Are You?と挨拶するべきところを誤ってWho Are You?と言ってしまったという逸話があります。ビルはちょっと考えてから「私はヒラリーの夫です」と答えました。そうです。「私」は他者との関係の中でしか「私」ではありえないのです。「私は大統領です」といっても同じことです。大統領は国家ないし内閣という組織の中の役職なのですから、やはり「私」は他者との関係の中で位置づけられるわけです。人は他者との関係の中で初めて「私」になるのです。仏教では、このことを「縁」という言葉で表しています。

その場合、「他者」は必ずしも生存している人だけを指しているわけではありません。『日本経済新聞』に連載された久間十義の「禁断のスカルペル」という小説に、自分の娘から生体腎を移植してもらって元気になった父親が登場します。その娘は、不幸にも、震災の犠牲になって亡くなりました。この父は次のように言います。・・・「私は一人で生きているつもりになっていたし、何事にもまず自分というものがある、と思い込んでいた。でもね、そうじゃなかった。今度の震災でよくわかったんです。私はね、私一人じゃなく、例えば死んだ娘や、家族や、知り合いや、仲間や、その他の者たちとの記憶を共有していて、その記憶がなかったら、私は私じゃないんだ。(中略)私が生きるというのは、そういう他の者との繋がりで生きているのであって、一人で生きているんじゃない」・・・

ところで私たちは、もう一つ踏み込んで、「私」を他者との関係の中に置き、生かしてくださる絶対的な存在との係わりにおいて捉えることは出来ないでしょうか。私を生んでくれた両親の、そのまた両親。・・・いのちの連鎖の根源である大いなる神です。私たちキリスト信者はそのような神を信じ、その神の思いを、イエス・キリストを通して知ることができる、と信じているのです。

キリストの教会は、社会に対して開かれた共同体です。より多くの方々が、私たちのカトリック藤が丘教会の門を叩かれることを、お待ちしています。興味を持たれら方は、ぜひ日曜日のミサを覗きにいらして下さい。

 

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