カトリック藤が丘教会へようこそ

Welcome to Fujigaoka Catholic Church!

 

2020年11月      

よき便り    

準備して、ともし火を灯し続ける

 

カトリックの典礼歴は、ご降誕を待ち望む「待降節」に入る11月末から年度が変わります。そのため、一足早く年末を迎えています。

 

11月の主日ミサの福音書朗読では、繰り返し印象的な言葉が読まれます。それは、「目を覚ましていなさい」という言葉です。イエスが弟子たちにこの言葉を話すのは、年間第32主日のマタイによる福音書 第25章の『「十人のおとめ」のたとえ』の個所と、待降節第1主日のマルコによる福音書 第13章の『目を覚ましていなさい』の個所ですが、それぞれの言葉が語られたシーンは異なります。

 

マタイによる福音書での「目を覚ましていなさい」という言葉は、天の国についてのたとえで、花婿の到着を待つおとめの話のなかでした。花婿の到着のために、ともし火とともに追加の油の用意をして待っていた賢いおとめたちとは対照的に、油を用意していなかった愚かなおとめたちは、その時になって慌てて油を買いに行っている間に、門が閉ざされてしまいます。

 

これに対して、マルコによる福音書では、当時のユダヤ社会、旧約の時代に、神さまの到来によりすべてが完成される「終末の時」について、イエスは主人の帰りを待つ門番の話でたとえています。

 

「目を覚ましていなさい」とイエスが弟子たちに話すのは、「あなたがたは、その日、その時を知らない」「その時がいつなのか、あなたがたには分からない」からです。マルコの福音書で読まれる個所の直前 第13章32節には、「その日、その時は、だれも知らない。天使たちも子も知らない。父だけがご存じである」とあり、神さまに仕える天使も、神さまの子であるイエスも知らないというのです。当然、わたしたちには、いつ神さまが手を差し伸べてくださるか、そして恵みを与えてくださるかを計り知ることはできません。だから「そんなものは、あてのないものだ」と、自分勝手に過ごしているのは、油を用意していなかった愚かなおとめたちと変わりがありません。

 

考えてみれば、油皿に挿した灯芯にともし火を灯し続けることは大変です。風は吹いていないか、灯芯の長さは大丈夫か、油は切れていないかと、気を抜かずに常に手間をかけていく必要があります。イエスが「目を覚ましていなさい」と話すのは、ただその時を待つのではなく、「その時がいつ訪れてもよいように用意して」目を覚ましていなさいと伝えているのでした。

 

花婿や主人はわたしたちのもとに「必ず来られる」からこそ、神さまを待つ準備として、自分を見つめ直して神さまに立ち返っていくことが必要なのではないでしょうか。「神さまはいつもわたしたちと共に過ごし、ともに生きてくださっている」という希望のともし火を、心の中に灯し続けながら待ち続けていきましょう。

 

キリストの教会は社会に開かれた共同体です。より多くの人々がわたしたちのカトリック藤が丘教会の扉をたたかれることをお待ちしております。興味を持たれた方は是非日曜日のミサにいらして下さい。

 

過去の巻頭言・よき便り一覧はコチラから閲覧できます.

 

ミサのご案内 Mass Schedule

主日のミサ 土曜日 Sat   17:00
日曜日 Sun 8:00、10:00、12:00

平日ミサの日時につきましては教会事務所までお問い合わせ下さい。

<アクセス> 横浜市青葉区柿の木台1-2(東急田園都市線「藤が丘」駅下車、徒歩約7分)

<お問合せ> 教会事務所 (045)973-4100 FAX(045)979-0506

 お問い合わせ・ご質問は、教会事務所までご連絡ください

火曜日~金曜日   午前10時~午後4時

土曜日       午前10時~午後17時30分

日曜日       午前10時~正午

※都合により、事務所スタッフが不在の場合もございます。あらかじめご了承ください。