カトリック藤が丘教会へようこそ

Welcome to Fujigaoka Catholic Church!

                                                 

            2019年9月      

よき便り    

立ち返ってくる人を神さまは祝福される

 

今年の年間第24主日の福音書朗読は、ルカによる福音書から「見失った羊」「無くした銀貨」「放蕩息子」の3つのたとえが読まれます。(ルカによる福音書15章)このうち「見失った羊」のたとえは、6月に行われたイエスのみ心の祭日に読まれた福音書朗読の個所です。この部分は6月に「善き牧者イエス」として紹介しました。

 

さて、ここで読まれる福音書の3つのたとえに共通しているテーマは、「いったん失ってしまったものが見つかる」ということです。見失った羊の個所では、羊飼いはすでに聞き従っている羊たちを残してでも、迷っている羊を探しに行き、探し出し、抱き上げ、迎え入れて喜びました。無くした銀貨 のたとえでも同様です。ある女は、見失った銀貨を探して見つけ、見つかったことを喜ぶのです。羊飼いや女は神さまを表しており、見つけ出されるものは神さまから離れてしまった人を暗示しています。

 

こうした短い2つのたとえの後に話されるのが、放蕩息子のたとえです。父親から分け与えられた財産を手にして離れて行ってしまった息子が、放蕩の限りを尽くして無一文になります。そうなって初めて自分のしてきたことを反省し、父親のもとに帰ると決めたのでした。それもただ戻って息子として過ごそうとするのではなく、雇い人として使ってもらおうと決心して戻っていくのでした。

 

父親は遠くに帰ってきた息子を見つけ、駆け寄って抱き、新たな服を着せ、ただただ無事に戻ってきたことを祝います。しかし、父親の下で不自由なく暮らしてきた兄は、こうした父親のやり方は面白くありません。放蕩の限りを尽くして無一文になってきた弟に、着るものを着せ、着飾り、さらに祝宴まで開いたとあっては、無理もありません。不満を爆発させてしまいます。そんな不満に対して、父親は次のように諭すのでした。

 

「子よ、お前はいつもわたしと一緒にいる。わたしのものは全部お前のものだ。だが、お前のあの弟は死んでいたのに生き返った。いなくなっていたのに見つかったのだ。祝宴を開いて楽しみ喜ぶのは当たり前ではないか。」(ルカによる福音書15・31〜32)

 

この父親の言葉こそ、神さまの思いの表れです。いつもともにいる人には必要なものを与え続け、放蕩息子のようにいったんは神さまのもとから離れてしまった人であっても、神さまのもとに立ち返ろうとするならば、それを喜び、いつもともにいる人と同様に当たり前のこととして手を差し伸べるのです。

 

神さまと出会う時は人それぞれですが、神さまのもとに立ち返ろうとする人にはいつでも祝福をあたえてくださる。そんな神さまの思いを胸に歩み続けてまいりましょう。

キリストの教会は社会に開かれた共同体です。より多くの人々がわたしたちのカトリック藤が丘教会の扉をたたかれることをお待ちしております。興味を持たれた方は是非日曜日のミサにいらして下さい。

 

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ミサのご案内 Mass Schedule

主日のミサ 土曜日 Sat   17:00
日曜日 Sun   10:00

※5月12日から日曜のミサ開始時刻が9時半から10時へ変更になりました。

平日ミサの日時につきましては教会事務所までお問い合わせ下さい。

所在地 Address 東急田園都市線「藤が丘」駅下車、徒歩約7分 横浜市青葉区柿の木台1-2

<お問合せ> 教会事務所 (045)973-4100 FAX(045)979-0506

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