ようこそ!藤が丘教会へ 教会はすべての人に開かれています

教会に関心のある方へ

ようこそ、教会ホームページへ。私たちは、すべての方の訪問を心から歓迎します。なんとなくホームページをご訪問された方、キリスト教に興味を持ち、このホームページにたどり着いた方、教会の近くを通りかかって、気になった方、十人十色、色々なきっかけがあって、ご訪問されたのだと思います。

現代の社会において、キリスト教会そして宗教の役割とは何か、私たちも日々、考え模索しています。立場や考え方によって、様々な解があるテーマでしょう。ただひとつ、私たちが確信をもって言えることは、一人一人、生まれてきたことには深い意味を持っていること、あなた自身、他の誰とも比べられない、世界で唯一無二の存在であること、そして、一人一人を創造された神様に深く愛されているということ。そのことに気付きはじめたとき、私たちの人生は、新しい道を歩むことになります。

神様への気づき

聖書にはこのような言葉があります。「わたしたちは神のうちに生き、動き、存在する」(使徒言行録17,28)。これは、イエス・キリストが誕生する遥か前、紀元前6世紀・古代ギリシャの詩人エピメニデスの言葉がもとになっています。

また、歴史の授業でなじみ深い鎌倉幕府の「御成敗式目」。第一条は、実はこんな条文であることをご存じでしょうか。「可修理神社専祭祀事ー右神者依人之敬増威、人者依神之徳添運(以下略)」。幕府は、領地を治める武士に、神社仏閣を積極的に修繕し、祭りを大切にすることを定めました。その中で、神様を敬うことで神様の力も増し、その力と徳によって運が開かれると説きました。古今東西、いつの時代も、人は世界の神秘や大自然の壮大さを目の当たりにしたとき、また、生きる意味や目的を深く見つめたときに、私たちの側に寄り添い、そっと語り掛ける神様の存在と働きに気づき、憧れや畏怖の念を抱くのだと思います。

教会の門を叩くには

なんとなくホームページを訪れてみた方、聖歌や絵画がかっこいいと感じて訪れた方、キリスト教の教えに興味を持った方、どんな背景・理由に関わらず、教会はみなさまの訪問を心から歓迎します。教会の門を叩くきっかけは、一人一人異なる背景・理由があり、そこには神様の大いなる働きかけがきっとあるのだと私たちは信じているからです。カトリック教会の「カトリック」とは、「全ての人に開かれた」「普遍的」といった意味を持ちます。

教会には、日常の喧騒を離れ、静かに祈る空間が広がっています。様々な物、情報、そして最先端の技術に囲まれる生活において「祈り」というのは、いささか古臭く無意味なものと感じるかもしれません。それでも祈りには、力があります。祈りは、心の奥深くに語り掛ける神様の言葉を聞くことで自分を鼓舞する力があります。相手を勇気づけて励まし、様々な人々と一致する力があります。一つ一つの出来事を見つめて、神様の働きかけに気付き生きる意味と目的を見出す力があります。私たち、キリスト者は、教会が長きに渡り大切に受け継いできた教えを学んだり、今この瞬間も注がれている神様の恵みに想いを巡らしながら、教会共同体を通じて様々な活動をしています。皆様のお越しを心よりお待ちしています。